揺らぐ性を生きる~私はジェンダー・フルイド

ジェンダー・フルイドという概念を1人でも多くの方に知っていただきたく、いろいろと書いております。

反論は難しいが当然傷つく

LGBTなんて趣味みたいなもの」との暴言がありましたが、「ジェンダー・フルイド」なんてそれこそ「趣味みたいなもの」と言われても、なかなか効果的な反論ができないのが現実です。

グレーゾーンもいいところ。

 

明治になってからしばらくの間は、異性装自体犯罪だった時期もありました。

昔だったら犯罪者だったわけです。

でも、犯罪ではなくなったわけだし、世間的にも「まあ仕方ないか」ぐらいの理解?もされるようになってきたわけです。

それでも「そんなもの趣味だろう」と言われたら、なかなか反論が難しいのです。

自分なりの理屈はあるけれど、頭ごなしに否定する人には無力です。

 

自分の中ではけっして趣味ではないし、やむにやまれぬ衝動があるわけで、「趣味みたいなもの」と言われたら当然傷つきます。

そして、世間的にはかなり認知されてきた「LGBT」でさえ理解できない人には、まるで認知されていない「ジェンダー・フルイド」なんて到底理解不能だろうなあという絶望感も覚えます。

 

村田諒太選手のように「そろそろ潔く辞めましょう、悪しき古き人間達、もうそういう時代じゃありません 新しい世代に交代して、これ以上、自分達の顔に泥を塗り続けることは避けるべきです」とスパッと言いたいのですけどね。