読みやすいが考証は本格的―『女装と日本人』
ジェンダー、特に女装やMtFトランス・ジェンダー関連の本を数珠つなぎで読んでいる。
今回は、『ありのままの私』(安冨歩、ぴあ)で取り上げられていた『女装と日本人』。私はKindle版を買った。
「本作品は、二〇〇八年九月、小社より講談社現代新書として刊行されたものを電子書籍化したものです」とあるから、もう10年ほど前だ。近所の本屋でこの本を見かけたときは衝撃的だった。
女装界では超有名人の三橋順子さん*1が女装について真っ正面から書いた本が講談社現代新書に入っている!!!
その10年前には考えられなかったことだ。
ということで、ずっと気になっていた本なのだが、なぜか手を取らずに来た。
理由はよく分からない。
私は三橋さんがきちっと歴史研究の訓練を積んだ学者だということを知らなかったので、いい加減なことが書いてある本だと思ったのかもしれない。
『ありのままの私』でれっきとした学者である安冨先生が、日本史の泰斗である網野善彦先生と並べて紹介していたので、これは遅ればせながら読まないといけないと思ったのが正直なところだ。
三橋さんがこの本を書いた動機が「はじめに」に書いてある。
たしか一九九八年頃だったと思います。どういう話の流れだったか忘れましたが、先輩ホステスの中山麻衣子さんに、こんなことを言われました。
「誰かが私たちとこの世界(女装者と女装の世界)のことをちゃんと記録して残さなかったら、私たちはいなかったことになっちゃう。それができるのは、歴史学をきちんと勉強した順ちゃん、あなたしかいないのよ」
こういう経緯で生まれた本なので、とても真面目。考証もしっかりしている。事実と推定を、学者らしくきっちり区別して書いている。
それでいて、文章はとても分かりやすい。読みやすい工夫も凝らされている。少しでも多くの人に読んでほしいという気持ちからだろう。
日本という国が諸外国と比較してなぜ女装に寛容なのか、だがそうは言いながらも、つい最近までは女装趣味がバレると社会的地位を失うような状況だったのかが、この本を1冊読めばよく分かる。
特に明治維新から2008年までの近現代史が圧巻だった。資料収集が大変だっただろうと思う。
2008年からの10年で、さらに激しく動いている。
オネエブーム以降、女装やゲイのタレントがテレビで相変わらずの人気だ。
安岡先生のようなフル女装の大学教授が現れ、テレビに出るようになった。
「男の娘」は市民権を得、女装で大学に通う男子学生が筑波大や東大には普通にいると聞く。
自分ごとになるが、私みたいな年配でカラダがでかい女装者が、平気で電車に乗れている。
私が見る限り、街を普通に歩いている女装者は多い。若い男の子だと区別がつかない。手足を見ると、さすがにやや大きいかなと思うが、普通の女の子よりむしろかわいい子が多いように思う。
女装を巡る環境は格段に変わった。なので、2008年発売の同書には古いところも目立つ。
だが女装、というよりもジェンダー・マイノリティーへの理解が進んだとはとても言えない。同書に書いてあることもいまだに理解されていない。
ジェンダー・マイノリティーやセクシャル・マイノリティーについて勉強したいという方には、MtFトランス・ジェンダーの世界の話に限定されるけれど、かっこうな入門書の1つだと思う。