集い、別れ、成長が残る~『めぞん刻の湯』
先日たまたま次の記事を読んだ。
ちょうど「ジェンダー・フルイドの私を支援してもらうためのFacebookグループ」を立ち上げたばかりで、方向性に自信がなかったのだけど、この記事を読んで大いに勇気づけられた。
この記事が紹介しているのが、『メゾン刻(とき)の湯』(小野美由紀、ポプラ社)という本だ。
早速購入し、すぐに読んだ。
- 人間関係がうまく構築できない
- コミュニケーションが苦手
- コンプレックスが強い
- 人に言えない趣味嗜好がある
- 人に隠しておきたい過去がある
- 本当の「友達」って何だろうと思う
こういったことで漠然と悩んでいる人(ディープに悩んでいる人は本を読むよりも、専門家に相談したほうがいい)にお勧めしたい。
小説なので、ネタバレにならないよう、ごく簡単にあらすじを紹介する。
主人公は、就活をする気にならず内定のないまま大学を卒業したマヒコ。彼は、大手有名企業の内定を蹴った幼なじみの蝶子に誘われて、「刻の湯」に住み込みで働き始める。
刻の湯のオーナーは戸塚さん。穏やかで深い老人だが、昔は放蕩していた頃もあった様子。
刻の湯を実質的にしきっているのはアキラ。有名なネットベンチャーの発起人の1人で、社員にも慕われていたが、なぜか華々しいキャリアを捨てて、刻の湯にいる。
その他に、WebエンジニアでDJのゴスピ、事故で片足を失ったがとても前向きで明るい龍、ネットベンチャー勤務で「意識高い」系のまっつん。
以上が刻の湯の住人だ。
そこに、戸塚さんの孫のリョータが転がり込んできて(彼は母=戸塚さんの娘カナに刻の湯に置き去りにされたのだ)、物語が動き出す。
いくつかの事件を通して、住人たちの過去やコンプレックスが丁寧に描かれていく。
クライマックスは、刻の湯の改築資金がないために、戸塚さんが閉店する決心をしてから訪れる。
刻の湯の住人たちがクラウドファンディングで、その資金を集めることにしたのだ。
資金は順調に集まり始めるが、そこにアキラの過去に関わる大騒動が起きて・・・。
ざっとこんな話だ。
「小野美由紀」という名前に見覚えがあったのだが、それは彼女の本を買っていたからだった。
『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった 』(幻冬舎文庫)という本が、cakesで紹介されていて、すぐにKindleで買って読んだ。小野さん自身の体験談をまとめたものだ。
マコや蝶子の設定には、小野さん本人の経験が投影されているのだろう。またクラウドファンディングで資金を集めるということも小野さんは経験している。
この本のプロットをひと言でいえば、生い立ちの中で生きにくさを抱えてしまった主人公が、とても居心地のいい場所を見つけ、仲間たちとふれあううちに成長し、最後はその避難所から外に出て行く(この小説では不可抗力だが)というものだ。
典型的なビルドゥクスロマン(教養小説=成長物語)の文法に従ったものだが、生きにくさの内容も解決に使おうとした方法も現代的だし、小野さん自身の体験を踏まえているからリアリティもある。
お話自体もとても面白い。『孤独のグルメ』の久住昌之さんが「面白くて、お昼を食べるのも忘れて一気に読み切った。」という言葉を寄せている。
冒頭に挙げた悩みを持つ人には、最良の「参考書」になるだろう。
私もそのような人間なので、大いに参考にさせてもらったし、強く心に響いたのだった。